2009年4月14日 第478回 岡谷市倫理法人会経営者モーニング・セミナー
テーマ 『 ハイッ!!・・・からの出発』
(株)高田屋 代表取締役会長 (社)倫理研究所 法人スーパーバイザー 小泉 貞男氏
【講話概略】今回8年振り講話者の御紹介を頂き、嬉しい反面、不安が一杯です。皆様も機会があれば御参加頂きたいと思うのですが、5時半から役員朝礼を行います。素晴しい役員朝礼でした。私は昨年から長野県下を廻る機会が多かったのですが、県下ではトップクラスでしょう。非常に引き締まった朝礼。『長は神』と言いますが、神様も飲んで踊ります。『陰と陽』がある事。引き締まりと楽しさ。楽しむばかりでは本当の面白さを感じることは出来ません。必要に応じて引き締まる事が、会場の雰囲気を創る事を、今回勉強させて頂きました。
司会者がベルを鳴らします。『開始2分前です。姿勢を正して、静かにお待ち下さい。』全国で580箇所以上、毎日何処かで、モーニング・セミナーが行われています。私は22年前、諏訪倫理法人会に入会致しました。それ以来モーニング・セミナーに参加して来た訳ですが、最初はベルが宗教っぽくて嫌でした。でも今は、ベルの音が無いと落ち着かない。何故『開始2分前』と言うのか、考えた事がありました。私は毎年正月20日前後の、妻と二人での明治神宮から靖国神社、諏訪大社へのお参りを、店の開店2年目から続けています。神社は鳥居からの参道がとても長く、最初は話しながら歩いていたのが次第に無口になる。何故長い参道が必要なのだろうか。私は、神の御前に額突く前に、心を整えるための時間が、あの距離なのかな、と考えています。だからモーニング・セミナーの『開始2分前』も、勉強する前の心を整える時間なのかな、と思いました。しかし、最初はセミナーの間、『早くおわんねぇかな、終わったら予定があるのに』と、その日のスケジュールを考えていました。『開始2分前は心を整える時間』と思いながらも、心がいつも動いていた。以前、とてもお世話になった法人局の方が諏訪に講話に来た時、『私はこの2分を、両親を思い浮かべる時間にしています』と言われた。『お? そうか!』と思いましたね。それ以来、私も両親を思い浮かべる時間にしています。
岡谷が初めてだと思いますが、開始前にその言葉を音楽に乗せたCDを流すじゃないですか。あれ、凄くいいですね。私は両親、特に父親との思い出は殆どなかったけれど、冬に霜焼が出来て、薬を塗っていた記憶から段々、時計を直していた、倉庫の掃除をしていた事を思い出しました。
私は父親に反発し、高校の頃から嫌っていました。私は小泉姓ですが、旧姓は高田と言います。39年前に、ある女性(奥様)に騙されたのです。今は、騙されて良かったな、と思っています。高田の兄弟は男ばかり5人で、女性は母親だけだから、女性の免疫が殆どない。次兄は頭が良くて、後にマサチューセッツで博士号を取り、武蔵工大で教鞭を執りました。だから両親は次兄と私を比べるのです。『お前は(兄に比べて)ダメだ、ダメだ』と言われると、本当に駄目になりますね。それに対する反骨心もあり、21歳の時家出をしました。東京に出て、船橋に近い鎌ヶ谷のゴルフクラブで、コック見習いを始めました。その後3ヶ月間音信不通だったのですが、あの嫌いな父親や友人が、私を捜し歩いている事を知りました。『5人も兄弟がいるから、1人位ろくでもないのがいなくてもいいだろう』という家出の身勝手さを思い知らされました。それから田舎へ帰って、両親の面倒を見よう、と言う想いで、28歳の時商売を始めたのです。ところが、両親に対する罪滅ぼしのはずが、こき使うように手伝わせてしまった。そこで結婚すれば親も楽になるのでは?と思って、口説いたのが運の尽き。小泉姓を名乗る事になったのです。
身内ばかりの店でしたが、開店当時から役員会をやっていました。ところがいつも父親の小言ばかり。私の発案は悉く父親に却下され、反発する気持ちが膨らむばかりでした。
そんな時に倫理研究所との出会いがあり、個人指導で父親との事を相談しました。すると両親に葉書(手紙)を書け、と言われました。葉書を書けば、親子関係は上手くいく、と言うのです。
すぐ会える距離にいる親に宛てて毎日書け、と言う。
『葉書なんか書いたって、上手くいく訳ない。』と思いましたから、『ハイ』と返事はしたものの、全然書きませんでした。でも、役員会での父親の小言は変わりません。こんな事を今後もずっと続けていてはいけない。葉書、書いてみるか。とにかくやってみようと言う気持ちで、手紙を書き始めました。
今朝会っているのに、『拝啓、お元気ですか。』と書き出す。2?3日に一度は書きました。それが3ヶ月経っても何の反応も無い。やっぱり無駄だと思い、2ヶ月半程で止めてしまいました。
その後法人会の講話で、東京の上場企業の社長さんが手紙の話をされました。父親は早くに亡くなり、田舎にいる母親に毎日葉書を書いているという事でした。久し振りに帰省すると、母親が寝ている枕元に、今迄に出した葉書が山積みになっている。兄嫁が、『お母さんは足の具合が悪いのに、毎朝玄関先で手紙を読む姿は本当に幸せそう』と言ってくれた、というお話でした。私はそれを聞いて、50円の葉書一枚がこんなにも親を喜ばす事が出来るのなら、もう一度やってみよう!と思い、再び葉書を書き始めました。手紙で喜ばせようと思うものの良い事ばかりではなく、日々の出来事を書き綴る手紙でした。
書き始めてから83日目でした。倫理で言う実践は100日だ、と言いますが、まさにその通りに、父親が便箋5枚の手紙をくれたのです。(息子がくれる手紙が)嬉しく、楽しみに待っている、とありました。父親が喜んでくれた事が分かり、涙が出ました。その時の手紙は私の宝物です。
月に2回、先祖の墓参りをしています。もしあの時の話を聞けずに手紙を書いていなかったら、と思うと寒気がします。本当に手紙を書き続けてよかった。素直な感謝の気持ちで墓参りをしています。
手紙を書き始めてあと一週間で1年と言う時に父親が急逝し、程なくして母親も亡くなりました。その後、両親を亡くした後も仏壇にポストを作って手紙を書いている方がいる事を知りました。世の中には凄い方がいらっしゃるものです。
今お話をさせて頂いている事は、皆様にお伝えすると同時に私自身に言っている事なのです。葉書も両親に宛てて書きましたが、本当は自分に宛てて書いていたのではないか、と思います。
千葉県の増田彰司氏(増田運輸(株)会長)は、御子息を他社へ修行に出した時から手紙を始めたそうです。一昨年御子息に社長を譲った後も続けられ、現在5,200枚。一人暮らしのお母様にも手紙を書いて現在3,500枚。継続の力は大きく、一生書き続ける事が、親に対する感謝になるのかな、と思います。
小泉家は農家で、自分勝手な私は義父を心の中でばかにしていました。その義父が癌を患い、私は週に一回の送り迎えをする間に段々と義父を理解し、着替えの面倒を見、痛む背中をさすり、足を揉んでやりました。ある時看護婦さんがそれを見て、『小泉さん、そこまでするの?』と言ったのです。私はその時初めて義父の子になった、と思え、凄く嬉しく思いました。
私は儲けたい気持ちで入会したのですが、3年程経った頃『企業人である前に、よき家庭人であれ』と言われました。当時私は仕事一途で、家庭のかの字も考えた事はありませんでした。それから家族の事を考えるようになったのです。やはり家庭が安定しないと、商売は上手く行きません。特に夫婦(横)、親子(縦)の間。縦横が上手く行って始めて、ものになる、という事。
朝礼で『ハイ(返事)』の練習をします。『拝』と書くそうですね。『ハイ、ハイ。』ではなく、唯一回『ハイ!』と受け切る。唯一の意味も含み、お互い尊敬し合いながら、一気に受け切る事が『拝』の意味だそうです。今日も一日元気良く働きますように、自分に言い聞かせるように、皆様と一緒に『ハイ』の練習をして、終了と致します。【終了】
【作成・発行:岡谷市倫理法人会事務長 山岸建設(株) 山田 政秀】