岡谷市(倫)第480回モーニングセミナー『倫理に出会って・・・』

6 月 15th, 2009

2009年4月28日 第480回 岡谷市倫理法人会経営者モーニング・セミナー

テーマ 『 倫理に出会って・・・ 』


ハンバーガーショップ『サンテオレ』店長 塩尻市倫理法人会女性委員長 川上 由利子氏

【講話概略】私は大分県佐伯市の生まれで、長野県とは結婚してからの縁です。父は、海軍の航空隊のパイロットで、軍人でした。母は、どちらかと言うと乳母日傘育ちで、私も自由に育てられました。小さい頃は運動神経が良く、スポーツに関しては良く褒められました。小学校、中学と陸上競技でよく表彰されていましたから、高校入試が終わると陸上部の監督からお誘いがあり、高校3年間は陸上漬けでした。扁桃腺が弱く全国区にはなれませんでしたが、県内ではそこそこの成績を残す事が出来ました。
小さい頃にクラッシックバレエを習った事もあり、新体操の山崎浩子さんを輩出した、東京女子体育大学に進学しました。父親が軍人上りで厳しく、男女交際ならぬ、と強く言われていましたが、卒業を目前にして今の主人と出会います。卒業パーティーを機にお付き合いするようになりました。やがて結婚する事になりますが、それまでには色々な事がありました。親と衝突をして、嫌な思い出ですが、逆に心が定まった想いがあります。昭和43(1968)年の事です。翌年には長女が生まれました。主人は1年留年したものの、3年間の学生生活を終えて、一緒に松本に帰って来ました。
主人は松電運輸に就職しますが、給料が4万円程でした。その頃には2番目の子供が生まれ、生活が苦しくなり、親に頼んで仕送りで凌いでいる状態でした。引け目を感じた主人は、ミサワホームに転職しましたが、10ヶ月程で上司と衝突して辞めてしまいます。途方にくれましたが、友人の紹介で、新聞店での住込みの職が見つかりました。年末の事でした。
年が明けるとすぐ、主人は私に『働いてくれ』と言います。仕方なく幼い子供を抱えながら、朝3時過ぎから新聞店を手伝いました。大学まで出してもらって何故こんな事をしなければならないのだろう、と言う想いがあり、何回も離婚を考え、喧嘩が絶えませんでした。それでも子供のためにお金を貯めようと思い、配達も手伝って、その甲斐あって、土地を買う事が出来ました。主人も独立して卸の仕事を始め、次は家が建てられそうだ、となってきた時、土地を買う時一緒だった方と、主人の昔の上司との縁で、今の場所に土地と家を手に入れる事が出来ました。まさに渡りに船、でした。その後主人の後輩との縁があり、文房具とファンシーグッズを扱うことが出来るようになりました。苦しい時代もあったけれど、主人が順調に開業できた。その後にはハンバーガーショップを数件経営するようになりますが、今は松本の1件を残して閉めてしまっています。
法人会には2年前に入会しました。主人は全く勉強をする気は無かったのですが、私がモーニングセミナーから帰ってくると、毎回様子を聞くのです。その内に主人も参加するようになった。今では、『何故もっと前から勉強しなかったのだろう』と言っています。今までの経営にとても反省するところがあった様です。とにかく威張りたがりで、私には何も言わせない。明治時代の様な人で、倫理と出会わなければ、こういう講話の場も頂けなかったでしょう。とても良い勉強をさせて頂いています。

バレエが夢でしたが、厳しい親と苦しい生活の中で既に諦めていましたが、倫理の勉強をする中で、形は違っても積極的に追いかけて行こう、と言う想いがあります。

東京に娘がおり、仕事が故のすれ違いで離婚して今一人でいますが、『夫婦愛和』と言うように、早く二人でいる事の良さを知ってほしい、と思っています。倫理を勉強するようになって、朝5時に起きて夫婦で掃除をする。子供には何も言っていないけれど、今までそっぽを向いていたのが段々こちらを向いてきた様な気がします。倫理が縁で、とても良い(実践との)出会いをさせて頂いた、と思っています。

60歳を過ぎればのんびりしたいと思う時もありますが、主人の始めた事業を尻すぼみで終わらせたくない、と言う想いもあります。もう少し頑張って、本当に楽しい老後にしたいと思っています。

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岡谷市(倫)第478回モーニングセミナー『ハイッ!!・・・からの出発』

5 月 29th, 2009

2009年4月14日 第478回 岡谷市倫理法人会経営者モーニング・セミナー

テーマ 『 ハイッ!!・・・からの出発』

(株)高田屋 代表取締役会長 (社)倫理研究所 法人スーパーバイザー 小泉 貞男氏

【講話概略】今回8年振り講話者の御紹介を頂き、嬉しい反面、不安が一杯です。皆様も機会があれば御参加頂きたいと思うのですが、5時半から役員朝礼を行います。素晴しい役員朝礼でした。私は昨年から長野県下を廻る機会が多かったのですが、県下ではトップクラスでしょう。非常に引き締まった朝礼。『長は神』と言いますが、神様も飲んで踊ります。『陰と陽』がある事。引き締まりと楽しさ。楽しむばかりでは本当の面白さを感じることは出来ません。必要に応じて引き締まる事が、会場の雰囲気を創る事を、今回勉強させて頂きました。

司会者がベルを鳴らします。『開始2分前です。姿勢を正して、静かにお待ち下さい。』全国で580箇所以上、毎日何処かで、モーニング・セミナーが行われています。私は22年前、諏訪倫理法人会に入会致しました。それ以来モーニング・セミナーに参加して来た訳ですが、最初はベルが宗教っぽくて嫌でした。でも今は、ベルの音が無いと落ち着かない。何故『開始2分前』と言うのか、考えた事がありました。私は毎年正月20日前後の、妻と二人での明治神宮から靖国神社、諏訪大社へのお参りを、店の開店2年目から続けています。神社は鳥居からの参道がとても長く、最初は話しながら歩いていたのが次第に無口になる。何故長い参道が必要なのだろうか。私は、神の御前に額突く前に、心を整えるための時間が、あの距離なのかな、と考えています。だからモーニング・セミナーの『開始2分前』も、勉強する前の心を整える時間なのかな、と思いました。しかし、最初はセミナーの間、『早くおわんねぇかな、終わったら予定があるのに』と、その日のスケジュールを考えていました。『開始2分前は心を整える時間』と思いながらも、心がいつも動いていた。以前、とてもお世話になった法人局の方が諏訪に講話に来た時、『私はこの2分を、両親を思い浮かべる時間にしています』と言われた。『お? そうか!』と思いましたね。それ以来、私も両親を思い浮かべる時間にしています。

岡谷が初めてだと思いますが、開始前にその言葉を音楽に乗せたCDを流すじゃないですか。あれ、凄くいいですね。私は両親、特に父親との思い出は殆どなかったけれど、冬に霜焼が出来て、薬を塗っていた記憶から段々、時計を直していた、倉庫の掃除をしていた事を思い出しました。

私は父親に反発し、高校の頃から嫌っていました。私は小泉姓ですが、旧姓は高田と言います。39年前に、ある女性(奥様)に騙されたのです。今は、騙されて良かったな、と思っています。高田の兄弟は男ばかり5人で、女性は母親だけだから、女性の免疫が殆どない。次兄は頭が良くて、後にマサチューセッツで博士号を取り、武蔵工大で教鞭を執りました。だから両親は次兄と私を比べるのです。『お前は(兄に比べて)ダメだ、ダメだ』と言われると、本当に駄目になりますね。それに対する反骨心もあり、21歳の時家出をしました。東京に出て、船橋に近い鎌ヶ谷のゴルフクラブで、コック見習いを始めました。その後3ヶ月間音信不通だったのですが、あの嫌いな父親や友人が、私を捜し歩いている事を知りました。『5人も兄弟がいるから、1人位ろくでもないのがいなくてもいいだろう』という家出の身勝手さを思い知らされました。それから田舎へ帰って、両親の面倒を見よう、と言う想いで、28歳の時商売を始めたのです。ところが、両親に対する罪滅ぼしのはずが、こき使うように手伝わせてしまった。そこで結婚すれば親も楽になるのでは?と思って、口説いたのが運の尽き。小泉姓を名乗る事になったのです。

身内ばかりの店でしたが、開店当時から役員会をやっていました。ところがいつも父親の小言ばかり。私の発案は悉く父親に却下され、反発する気持ちが膨らむばかりでした。

そんな時に倫理研究所との出会いがあり、個人指導で父親との事を相談しました。すると両親に葉書(手紙)を書け、と言われました。葉書を書けば、親子関係は上手くいく、と言うのです。

すぐ会える距離にいる親に宛てて毎日書け、と言う。

『葉書なんか書いたって、上手くいく訳ない。』と思いましたから、『ハイ』と返事はしたものの、全然書きませんでした。でも、役員会での父親の小言は変わりません。こんな事を今後もずっと続けていてはいけない。葉書、書いてみるか。とにかくやってみようと言う気持ちで、手紙を書き始めました。

今朝会っているのに、『拝啓、お元気ですか。』と書き出す。2?3日に一度は書きました。それが3ヶ月経っても何の反応も無い。やっぱり無駄だと思い、2ヶ月半程で止めてしまいました。

その後法人会の講話で、東京の上場企業の社長さんが手紙の話をされました。父親は早くに亡くなり、田舎にいる母親に毎日葉書を書いているという事でした。久し振りに帰省すると、母親が寝ている枕元に、今迄に出した葉書が山積みになっている。兄嫁が、『お母さんは足の具合が悪いのに、毎朝玄関先で手紙を読む姿は本当に幸せそう』と言ってくれた、というお話でした。私はそれを聞いて、50円の葉書一枚がこんなにも親を喜ばす事が出来るのなら、もう一度やってみよう!と思い、再び葉書を書き始めました。手紙で喜ばせようと思うものの良い事ばかりではなく、日々の出来事を書き綴る手紙でした。

書き始めてから83日目でした。倫理で言う実践は100日だ、と言いますが、まさにその通りに、父親が便箋5枚の手紙をくれたのです。(息子がくれる手紙が)嬉しく、楽しみに待っている、とありました。父親が喜んでくれた事が分かり、涙が出ました。その時の手紙は私の宝物です。

月に2回、先祖の墓参りをしています。もしあの時の話を聞けずに手紙を書いていなかったら、と思うと寒気がします。本当に手紙を書き続けてよかった。素直な感謝の気持ちで墓参りをしています。

手紙を書き始めてあと一週間で1年と言う時に父親が急逝し、程なくして母親も亡くなりました。その後、両親を亡くした後も仏壇にポストを作って手紙を書いている方がいる事を知りました。世の中には凄い方がいらっしゃるものです。

今お話をさせて頂いている事は、皆様にお伝えすると同時に私自身に言っている事なのです。葉書も両親に宛てて書きましたが、本当は自分に宛てて書いていたのではないか、と思います。

千葉県の増田彰司氏(増田運輸(株)会長)は、御子息を他社へ修行に出した時から手紙を始めたそうです。一昨年御子息に社長を譲った後も続けられ、現在5,200枚。一人暮らしのお母様にも手紙を書いて現在3,500枚。継続の力は大きく、一生書き続ける事が、親に対する感謝になるのかな、と思います。

小泉家は農家で、自分勝手な私は義父を心の中でばかにしていました。その義父が癌を患い、私は週に一回の送り迎えをする間に段々と義父を理解し、着替えの面倒を見、痛む背中をさすり、足を揉んでやりました。ある時看護婦さんがそれを見て、『小泉さん、そこまでするの?』と言ったのです。私はその時初めて義父の子になった、と思え、凄く嬉しく思いました。

私は儲けたい気持ちで入会したのですが、3年程経った頃『企業人である前に、よき家庭人であれ』と言われました。当時私は仕事一途で、家庭のかの字も考えた事はありませんでした。それから家族の事を考えるようになったのです。やはり家庭が安定しないと、商売は上手く行きません。特に夫婦(横)、親子(縦)の間。縦横が上手く行って始めて、ものになる、という事。

朝礼で『ハイ(返事)』の練習をします。『拝』と書くそうですね。『ハイ、ハイ。』ではなく、唯一回『ハイ!』と受け切る。唯一の意味も含み、お互い尊敬し合いながら、一気に受け切る事が『拝』の意味だそうです。今日も一日元気良く働きますように、自分に言い聞かせるように、皆様と一緒に『ハイ』の練習をして、終了と致します。【終了】

【作成・発行:岡谷市倫理法人会事務長 山岸建設(株) 山田 政秀】

岡谷市(倫)第477回モーニングセミナー『一貫』

5 月 29th, 2009

2009年4月 7日 第477回 岡谷市倫理法人会経営者モーニング・セミナー

テーマ 『 一貫 』

(株)アイ・ビー・ビー?代表取締役会長 (社)倫理研究所 法人スーパーバイザー 大熊 富夫氏

【講話概略】私は27年程前、事業上の契約の不手際で、一年で6,000万円の損出をし、倫理に出会いました。倫理に出会わなかったら、ダッチロールの人生でした。よく考えてみると、苦難を引き付ける磁石を、自ら持っていた事に気づかされたのです。苦難を騙した相手のせいにしていたのですが、そうでは無く、問題は二つありました。一つは、本当の自分の実力でやればいいものを、毎年5店舗も出店を続けているスーパーに出店を誘われ、他人の力に頼ろうとしたのです。もう一つは、妻の同意を得ていない事でした。妻は『そうなると思っていた』と言い、なぜ言ってくれなかった、と言うと、『言っても聞かないから』と言われました。それから、妻の意見も必ず聞くようになりました。

倫理指導を受けると、栞を読んでいる様で読んでいない事がわかります。我々は、規模に関係なく会社の業績を良くしたい、と思っている。昔は国内だけを相手にしていれば良かったが、今や経済界では、毎日がオリンピックです。この世界恐慌で、世界経済の牽引を自負してきたアメリカの経済が止まると、日本のエンジンである輸出産業が止まる。リストラ、トヨタでさえ赤字。我々零細企業が影響を受けない訳が無い。豊田佐吉翁の志。氏は創業の時、大変な苦渋を経ています。だから、『二度と資産家は信用しない。これからはどんなに苦しくとも、人頼みはせず、全て自前でやる』『自分の城は、自分で守れ』『政治や国を頼りにしない』と言っていました。無借金だったそうです。私も10数年前のバブル景気の時には、用も無いのに銀行から『金を使え(借りてくれ)』と言われたものです。それが崩壊すると、今度は『何でもいいからすぐ返せ』と言ってくる。どうして不良債権でもないのに、売って返せ、とまで言うのか。会社を守る立場の社長である以上、金利の交渉をした方がいいですね。どんな経営者も経営に悩んでいます。

事業経営について研究所に相談すると、『奥様とは上手く行っていますか?お子様は順調ですか?』と言われる。事業経営ではなく、『家庭経営』について問われるのです。家庭が上手く行っていなくて、事業経営が発展するはずが無い、と言うのですね。『では、女房と上手くいっていれば事業が良くなるのか?』と言ったら、『お試し下さい』と言われました。事業経営の分母である家庭経営。国家を織り成す最小単位である家庭が今、大問題である、と言うのです。世の中には、問題を起す青少年はいない、と言われています。もし問題を起す青少年がいるとしたら、そこには問題のある家庭がある。その家庭には、大問題の夫婦がいる。これが震源地だ、と言う訳。だから事業上でも奥様と意見が一致していますか?と言うのです。一致だけではなく、『和合』。妻は、ビジネスは無知ですが、夫の力量については良く知っています。夫から多大な影響を受けますから。だから私がいい加減な事をするとガッと牙をむく。それを愛情と取るか否か。コンサルタントは金を取るが、女房はただで言ってくれる。65億も人がいても、他に言ってくれる人はいない。だから、妻には挨拶から始めました。3ヶ月もすると、挨拶がないと『今日はどうしたの?』となる。どちらもWin、Win。ここに倫理があるのです。その事をする事によって、相手も、自分も良い。子供もその仲の良さを見ているから、グレないのです。研究所は、この『夫婦道』が、世の中再建に繋がると考えています。他の団体とは決定的に異なる部分です。大それた事をしようと言うのではなく、まず自分の足元、小さな幸せの家庭が増える事が、日本を創り変えていくのだ、と。今の日本は借金を先送りしているだけの見せ掛けの豊かさであり、赤字体質の不安な毎日です。不景気で赤字と言いながら、高級車に乗るような体質を続けているなら、存在自体が許されなくなる、と思っています。

私は『妻に挨拶をする』事と、『言う事を聞く』事を続けています。その中に時折、素晴らしい叡智がある事に気づきます。理屈ではなく、まるで誰かが言わせているような。それに対して『聞く方に問題がある』と思って聞くと、色々の問題は解決するのです。私は8年前から半年は海外で暮らすようになりましたが、妻は絶対行かないと言う。海外で死ぬ事になるかもしれないと言う、私の決心を試しているのですね。我々が希望を持たないで、若い人に希望を持たせる事は無理です。生産的な発展。稼ぐ事は、元気が出ますね。利益が出たら、例え1万円ずつでも、苦労した仲間に分配する。財産を取り崩すような見せ掛けの利益ではなく、他社はどうあれ、我が社は黒字で無ければならない。そのためには、本当にやるべき事をやっているのか、本当に打つ手は無いのか、問い直す事が大切だと思います。

これからのリーダーに求められるのは、意志の強さと、客観的な物の見方が出来る事です。創始者丸山敏雄は『成就の秘訣は、変わった事ではない。思い立ったら、出来上がるまで、止めない事である。スタートの良し悪し、早い遅いは、長い人生の内には問題ではない。立志があるかないか、それだけである』と言っています。

どんな事業も、夫婦の意見が一致し、親元に繋がるものでない限り、生産的発展は無いと思います。事業成功の原則は、1.夫婦仲が良い 2.親・祖先を大切にする 3.仕事熱心である です。丸山敏雄は、『家族の協力が得られない事は、失敗する。ましてや妻にも相談しないで、内緒で行う事が成功する訳が無い。後に『こんなはずでは無かった』と悔やむのは、独断で、強引に始めた事が多い。身内の賛成できない事に、他人の協力が得られるはずが無い』とも言っています。

経営者にとって一番の力点は、経営と家庭は密接、不可欠である事。経営者が、如何に体力、気力を充実させて経営に当れるか。企業は、永続的な繁栄が大切です。経営者が親、祖先に繋がっているか、命のリレーランナーである自覚があって初めて、継続的繁栄に繋がる。経営問題の大元は、家庭経営に隠されている。問題の深刻さを理解していない、家庭の存在意義や、偉大な力が秘められている自覚を、経営者が持っていない。だから政治やその他のせいにするのですね。

ここで言う倫理は、出来ない事をするのではありません。出来る事からやるのであり、やれば出来る、と言うのです。是非皆様もお試し頂きたい、と思います。【終了】

【作成・発行:岡谷市倫理法人会事務長 山岸建設(株)?山田 政秀】

岡谷市(倫)第475回モーニングセミナー『倫理に繋がる親の姿勢』

5 月 29th, 2009

2009年3月24日 第475回 岡谷市倫理法人会経営者モーニング・セミナー

テーマ 『 倫理に繋がる親の姿勢 』

株式会社オレンジゼリー本舗 代表取締役 茅野倫理法人会会長 濵 恭子氏

【講話概略】今日はこのような機会を頂けた事に本当に感謝いたします。父親は本当に貧乏で、『物乞い』が横行する時代でも、あまりにも貧乏なので尋ねてくる人が逆に物を置いて行った程でした。母親は双子でしたが、生まれて間もなく姉妹を亡くし、子供のいない叔母夫婦の所へ養女に行きました。その境遇から親を養う事に対する責任感が強く、希望の道を諦めて、教師になったそうです。父親は養子です。戦後引き揚げてきたばかりで何も財産が無い家庭でしたから、共働きです。今考えてみると、目まぐるしい毎日でした。父親も母親を助け、家の掃除をして私達をお風呂に入れ、またおしめまで洗ってくれた事を聞きますと、戦地から命からがら帰ってきて、今の生活が出来る事に対する感謝の気持ちが、私達に対する愛情になったのかな、と思います。私は妹が出来ると、早くに母親から離されたので、おばあちゃん子でした。厳しい祖母で、今もその躾がどこか身についていて、融通の効かない所があると思います。

祖母が亡くなった後は、妹と二人だけで留守番です。小川で取ったセリや、庭に生ったホウズキを近所で売った事があります。私が親なら『みっともない事をするな』と怒る所を、両親は多分私のいない所で、子供の遊びに付き合ってくれるように頭を下げてくれていたのだと思います。あれも駄目、これも駄目と言われなかった事で自由な時間が過ごせ、本当に感謝しています。

『男は狼だ』と母親から教えられていました。後年、母はなぜあのような言い方をしたのか考えました。優しい男性もいるけれど、軽率な行動をしてはいけない。体だけではなく、心まで壊されてしまう事もある事を言いたかったのかな、と思います。当時はその事に対して反発し、最初の結婚は学生時代でした。それは失敗するのですが、自分の心の成長が伴っていなかったように思います。頑なに『結婚してあげたのに』と思う部分がありました。悪い人ではなかったのに、なぜ失敗したのか。それは、心の中のちょっとしたすれ違いが、自分の心を解き放つ事が出来ないでいる内に、徐々に広がってしまったのだと思います。今は、失敗した事にくよくよせず、同じ轍を踏まない事が、今の自分に課せられた事だと思います。

今の主人にも私にも、相当我慢した部分があります。それは、母の頑固なまでの融通の無さが自分にあったから、壊れずに済んだのだと思います。何があっても、私は二度と別れない。どんなに貧乏になっても、一緒にやっていく事を常々宣言しています。

茅野の会長職を頂いた時、自分に何が出来るのか、何も知らない自分が、会長を務める事が出来るのか、悩みました。皆様にとって恥ずかしくない会長を務めるために、諏訪、岡谷を手本にする事にし、週一回のモーニング・セミナーは茅野、諏訪、岡谷に参加し、つまり3倍勉強する事を課しました。また多くの講演会に出席させて頂き、その都度自分の中に土産を持ち帰る事が出来ました。一番は、自分が励まされた事。特に沈みが大きかった人程、今が素晴らしく、強い事を知りました。体験が一番強い。そして、会社に活力朝礼を取り入れた事。会社の中が明るくなり、人間関係のトラブルが少なくなりました。これは夫婦の状況に比例しているな、と思います。また、息子が本当に優しくなり、破談になりかけた結婚も予定通りに戻りました。普段通りの事でも『ありがとう』と良く言ってくれるようになりました。これは、私達が良く言葉に発するから、子供もそれに対して自然な会話になった。私達夫婦が仲良くしているから、子供も『夫婦はいいもの』である事が解り、気持ちが結婚に向く。一番の収穫であり、嬉しい事です。

倫理を学ぶ事を面白い、とすんなり受入れられたのは、両親が子供の頃から色々な本を読ませてくれ、必要以上に縛る事が無かった。全てやってみる事だ、という土壌を作ってくれた事と、親から神仏や先祖の話を聞き、常に言葉の中に愛情がある土壌があったお陰だと思います。

会話一つでも、今は非常に暗くなりがちです。では、その会話の中で自分の役割は何なのか。会話の最後の一言で印象が決まる事がある、と思います。『会話は最後の一言が大事。全てが最後の一言で印象が決定付けられる。暗く終わりそうな時、前向きで希望を持たせられる事を言うか、笑いに落すか。』会話によって人に対する先入観を持たせない。会話はいつも明るく終わり、ユーモアと希望と、時には正直さが大切だと思います。先日主人と『消防車のサイレンには二種類ある』という内容のテレビを見ていた時、主人が私のふくよかなお腹を指差して『ウ?ウ?ウ?、緊急事態だ!』と言って二人で笑ったのですが、主人も明るく変わったのだと思い、これも一番の収穫です。

『今までで一番の今日にしよう。昨日より良い一日にしよう。今迄で一番の明るさで、一番の素直さで、頂いた命に感謝して、偉ぶらず、思いやりと優しさと共に、昨日より、より良い一日を生きよう。今迄で一番の今日を生きよう』今の心境と、これからの希望です。今日はありがとうございました。【終了】

【作成・発行:岡谷市倫理法人会 事務長 山岸建設(株) 山田 政秀】

岡谷市(倫)第474回モーニングセミナー『離れ、出会い、気づき』

5 月 28th, 2009

2009年3月17日 第474回 岡谷市倫理法人会経営者モーニング・セミナー

テーマ 『 離れ、出会い、気づき 』

有限会社STK代表取締役 諏訪倫理法人会会長 古畑 永治氏

【講話概略】会長職に就いてからこの地区では諏訪、茅野で講話をさせて頂きました。若干慣れて来た所で最後の岡谷での機会を頂き、非常に有難く思います。

昭和25年8月9日の名古屋市生まれです。2歳の時に両親の出身地である塩尻に移りました。高校卒業後は、大学進学を決めていたのですが、入学直前に父親が過労で倒れました。これ以上父親に無理はさせたくない思いと、無理して進学するほど勉強が好きではなかった事もあり、一転就職する事にしました。東京でモデルの勉強をしていた時期もありましたが、将来に不安を感じ、結局帰省して、サンエススケートに就職致しました。そこで出会った女性と20歳で結婚し、婿養子に入りました。それから約30年、娘には孫も出来ましたが、50歳の時に離婚してしまいます。決め手となったのは妻の一言でした。妻の友人の御主人は大手勤めの高給取りが多かったのです。そこで『お父さん、給料安いよね』とズバリ言われたのです。一生懸命やってきた自負はありましたが、価値観の相違はどうしようもなく、決断しました。その後縁があり、再婚を勧められました。相手(今の奥さん)には子供がいて、親の面倒も見ていましたが、私は一人暮らしを通して、親がいて妻がいて子供がいる、暖かい家庭のありがたみを感じ、妻の家族とまず食事をする事にしました。食事の最中、長男とは殆どしゃべりませんでしたが、私をじっと見ているんですね。長男は(前の)父親との就職祝いのプレゼントの約束を離婚のせいで反故にされ、その辛い経験から、両親に対する色々な想いが交錯していたのだと思います。食事の後、私達は店の前で別れましたが、その長男が『このまま別れちゃっていいの?』と妻に言い、私達を再び会わせてくれたのです。それから長男も徐々に心を開いてくれたのです。

その頃『家庭倫理の会』を妻の勧めで知り、程なくして私達は再婚する事が出来ました。また、離婚してから6年も音信不通だった娘から突然連絡があり、今度は新しい家族とも親子関係を築く事が出来て、孫の誕生日にも、漸く父親、また祖父らしい事をしてあげる事が出来ました。『これも倫理を学び始めたお陰かなぁ』と思うと同時に、一つ一つの事に区切りをつけて解決できたと言う思いがあります。

仕事は、妻の父親の仕事を継ぎ独立しましたが、最初は上手くいかず、月5、6万円の収入を得るのがやっとでした。その頃(平成19年6月)『倫理法人会』に入会したのですが、12月には会長職をお願いされ、何も分からないまま倫理経営講演会、普及拡大と飛び回る事になりました。

私の仕事は、ダイカストの二次加工なのですが、そんな時に突然7,000個の注文が入ったのです。その3日後には10,000個の注文。一人ではとても処理しきれない量でした。その時に、娘から突然連絡があった時の様に、『倫理を学んでいると、何かのために動いた時、何かが起こるのかな』と、初めて感じたのです。世は不景気ですが、それでも倫理を必要としている人がいるかもしれない、と思い、動く。そしてそれは再び、仕事として私に返ってきました。量は少なくてもありがたいな、という思いと、家族のために動けば何かが返ってくる、という思いがしています。仕事が少なくなった時、『細々でも続けた方がいいよ』とか、『古畑さんに回せる仕事を取ってくるよ』と言ってくれる人が現れる。親の面倒見が大変な時にも、助けてくれる人が現れる。その出来事と、そういう方々がいて頂ける事に、とても感謝しています。

仕事が厳しくなり、家庭内が少しピリピリしていても、いつも握手して挨拶し、明るい家庭を築き、皆で明るく助け合ってやっていこうと、がんばっています。倫理との出会いを通して本当に良い経験をさせて頂き、出会った方々には本当に暖かい仲間意識を感じさせて頂きました。この想いを、私のつたない講話の中で、皆様に聞いて頂けた事に感謝致します。今日はありがとうございました。【終了】

【作成・発行:岡谷市倫理法人会事務長 山岸建設(株) 山田 政秀】

岡谷市(倫)第473回モーニングセミナー『活力朝礼こそ、人を家庭を会社を変える』

5 月 28th, 2009

2009年3月10日 第473回 岡谷市倫理法人会経営者モーニング・セミナー

テーマ 『 活力朝礼こそ、人を家庭を会社を変える 』

龍屋物産(株)代表取締役会長 (社)倫理研究所 法人スーパーバイザー 二階 正氏

【講話概略】今回は初めての訪問ですので、活力朝礼の元である『職場の教養』についてお話致します。法人会に入会しますと、まずこの本がプレゼントされます。会社を活性化し、人を変える、魔法の書と思っています。もう一つは、経営者モーニングセミナーに出席する事が出来る。この両輪の上にあるのが、他の会には無い、倫理指導です。実は倫理指導を受けてみないと、倫理の真髄は分からない。私達経営者には、全ての痛み、苦しみ、即ち苦難が絶えず襲ってきます。社員の事故、取引先に迷惑を掛けた、クレームがついた、また御自身や家族が病気になったりと。これは、『道が脇に逸れているよ』という警鐘なのです。ですから、乗り越えられない苦難は与えられないのです。よって、苦難から逃げたり、命を縮めたりする必要はなく、教えてくれているのだから、喜んで受入れればいい、と考えています。ですが、気づきの道場であるモーニングセミナーに毎回出ていても、その苦難がどういう教えであるのか、中々分かりません。そこで、倫理指導と言う特典があるのです。でも、経営者であるがために本当の心情を吐露出来ない。是非その殻を破り、その先を知って頂きたい。それが私の願いであり、倫理研究所の目的です。

大正9(1920)年、インドのカルカッタ(当時)郊外の村で、『狼少女が見つかった』と報道された事があります。外見は人間なのですが、行動は狼そのもの。辺りを徘徊し、時には遠吠えまでする。野性に育てられたから、野生になってしまった。つまり、狼は人間になれないが、人間は教育次第で狼にもなれるのですね。如何に教育が大事なのかです。ですから、研究所では行政と共に是非教育に力を入れたい、と考えています。倫営経営を通して、活力ある企業を作る。そして、倫理運動を通じて、明るく豊かな社会を作る。倫理活動を通じて、未来を担う若者を育てる。それが私達の目的です。では、どうして会社でやらなければならないのか。学校でも家庭でも、本当の教育が出来なくなっているから、会社で立派な社会人に教育し、やがて家庭を営めるように、私達が変えて行かなければならない、悲願があるのです。今では、私の知らないうちに次々と入会される経営者の方が増え、研究所には、毎年『職場の教養が欲しい』とか、『当社でこの本を使うにはどうすれば良いのか』という問い合わせが結構あるそうです。それだけ関心を持たれる経営者は増えています。

私は25年前に入会しましたが、5年間『職場の教養』が使えませんでした。変えたいならば、まず自分が変わるべき、という鉄則を全然分かっていなかったのです。当初、幹部社員を集めて説明したら、大変な反発を受けました。職場の教養を使う朝礼など時間の無駄だ、と言う訳です。社長(二階氏)が強要するなら辞める、とまで言われ、出来なかった。ですが、その時強硬に反対した課長が、今当社の社長です。やってみれば、変わるものなのですね。バブル当時、会社の好調に乗じて、殆ど倫理に取り組まなかった時期があります。その間色々役はやりましたが、体験が無い。その事が段々苦しみに変わり、倫理指導を受ける事にしました。そして『やる気になれば明日からでも朝礼は出来るのですよ』とだけ言われたのです。私はつい『やる気になっているのに出来ないから聞きに来ているんだ!』と反発しましたが、『万人幸福の栞』を読む事は、読んで、理解して、実践する事であり、そこに『人を変えようとする前に、自分が変われば良い』とあるのに、自分が変わらず社員に強要ばかりしていた事に気づかされたのです。

栞に、『動かぬ信念が成就させる』『信ずれば、信じた通りにさせる』とあるが、なぜ『する』ではないのか。それは、必ず味方がいて、味方がさせる事だから、一人でも安心して明日からやればいいのですよ、とも言われました。変な指導受けたなぁ、と後悔しました。一人でやっていたら、気が狂ったと思われはしないだろうか。でもやるしかないか。でもその内に、家内が協力してくれるようになったのです。夫婦でも、相手を変えようとせず、自分が変わる。家内の言う通りに勤めているうちに習慣になる。習慣が変われば、人生変わるものです。倫理を学んで成功した殆どの方が、それ以前の奥様との付き合い方は間違っていた、と反省していますね。

社用車を社員で毎朝洗う事にした方がいます。最初は倫理が本物か、実験するつもりでした。次第に慣れて時間もかからなくなり、バケツ一杯ものゴミが溜まっていた事にも気が配れた。その結果どうなったか。違反と事故が殆ど皆無になったそうです。私は何年もかかりましたが、理解できる人はすぐ出来るのですね。

朝礼が始まり、社員が失敗を告白するようになりました。『こんな事があったから、皆で気をつけよう』と。すると社員皆が、失敗を隠さず告白した勇気に『ナイスエラー!』と言って祝福する。これも、従業員から出た方法です。このように、社内が活性化していきました。またこんな話がありました。千葉県の会長を務められたNさんの会社で、ある女性社員の送別会での話です。女性社員は『私は主人の横暴な態度と、定年後は長野に行きたいと言う身勝手さに耐えられず、離婚するつもりで生活力をつけるために定年まで働くつもりでした。でも、勤め始めて社員の皆さんの元気な姿に驚きました。朝礼で使われる職場の教養は大変勉強になり、社長がたまにする倫理の話に、段々考え方が変わりました。夫婦はもっと話し合いをしなくてはと思い、心がけているうちに、家族のために一生懸命働いてきた主人の気持ちが分かったのです。その主人が、定年後のささやかな願いを叶えたいと言っているのに、妻の私が背を向けていてはいけない、と気づきました。もうすぐ定年になる主人と一緒に長野へ行って農業をする決心がつきましたので、誠に勝手ながら、退社する事に致しました。ここに勤めた事で、人生を間違わなくてすみました。』と話されました。Nさんは、優秀な社員が辞めるのは惜しいが、我が社で働いた事で、一組の夫婦が幸せになった事が堪らなくうれしい、と話されたそうです。

これは当社の話ですが、営業マンが客先を訪問した時に、『○○さんですね。お待ちしておりました』と声を掛けられました。物売りに行った者に対してまで、そんな言葉を掛けてくれた事がとても嬉しかった、と言うのです。だから当社でも、きちんとアポイントをとって見えられたお客様には、どんな約束であろうと、『お待ちしておりました』と声をかけよう、と社員が提案するのです。また別の日には、渋滞で約束に遅れそうだ、と客先に連絡を入れたら、『大丈夫ですから、お越し下さい』に続けて『お気をつけて』と言ってくれた。今度はそれを取り入れよう、と、次々にルールが変わり、『自分の会社』を良くしようと言う気持ちが、どんどん出てきました。あれほど反対されたのに、こういう会社になれたのも、朝礼のお陰だと思っています。まだ、と言う所も是非始めて頂きたいですし、私のように是非効果を体験して頂きたい。『是非うちの朝礼を見に来て』と言えるものを作って頂きたい、と思います。【終了】

【作成・発行:岡谷市倫理法人会事務長 山岸建設(株) 山田 政秀】

岡谷市(倫)第472回モーニングセミナー『川の流れのように』

5 月 28th, 2009

2009年3月3日 第472回 岡谷市倫理法人会経営者モーニング・セミナー

テーマ 『 川の流れのように 』

インプレッション岡谷造形 岡谷市倫理法人会幹事 女性委員長 荒井 美智子氏

【講話概略】 新春落語会では、皆様方のお陰で、目標80名を大きく上回る152名様の御来場を頂き、盛大に行う事が出来ました。本当にありがとうございました。

昨日の朝仕事に行く途中、見知らぬ年配の女性とすれ違い、何気なく挨拶をしたのですが、続けて『いってらっしゃい』と言われました。突然の事で返す言葉もありませんでしたが、見知らぬ人にも温かい言葉を掛けられる事は凄い事で、お陰で一日温かい気持ちで過ごす事が出来ました。

今日はひな祭です。幼い頃、母は毎年三色の綺麗なお団子を作っては、床の間に飾っていました。生家の生坂村では、娘がお嫁に行く時は雛人形を持たせるそうなのですが、家にはありませんでした。母にしてみれば、ひな祭に雛人形もない私を不憫に思ったのでしょう。孫に贈ってくれた雛人形に、その時の想いが託されている気がしてなりません。我が家ではひな祭に、鶉卵と黒ゴマ、食紅を使って、食べられるお雛様を作っていましたが、子供がそれをおいしそうに食べる姿を見て、母を想ったものです。

父が昨年病に倒れ左半身が麻痺してしまい、今は仕事の合間に母と病院に通っています。私の誕生日に、病院へ向かう車中で『私を生んでくれてありがとう』とお茶菓子を手渡すと、母は『生まれてくれてありがとう。みんな美智子のお陰』と言ったのです。いつも『ありがとう、ありがとう』を繰り返す母を、ずっと大切にしていきたいと思います。

通勤途上で、中学時代の恩師を見かけました。お孫さんらしい子と一緒でした。厳しくも親身な先生が思い出され、嬉しくてある時手紙を出しました。そのお返事を紹介させて頂きます。

『(前略)いつまでも私の事を忘れないでいてくださる、こんなにも温かい眼差しで懐かしく思っていてくださる方が何処かにいると思うと、心が打たれ、人と人との繋がりの素晴らしさを感じています。(中略)定年を過ぎましたが、惰性に流される事無く、日々を充実させていくように自分自身に言い聞かせております。(中略)美智子さんは今、家庭でも社会でも人生においても、充実の真っ只中におられます。御主人様と力を合せて御活躍下さるよう、お祈り申し上げます。(後略)』

仕事場を片付けようとしたら、『そんな暇があったら仕事をしろ』と、逆に主人に怒られていました。その時ある方から『相手に絶対言ってはいけない。仕事以外の所から綺麗にしてごらん?』とアドバイスされ、その通りにしているうちに、なんと主人が率先して片付けを始めたのです。父も一緒になり、皆で同じ事に取り組む幸せを感じました。『働く』事は、はた(廻り)をらく(楽)にする事、廻りが幸せになる事で自分も幸せになる、と何かで読んだ事があります。苦労して仕上げた品物を、お客様が喜んでくれる。涙が出るほど、嬉しくなる事があります。お客様の笑顔が、明日への活力になります。

何事にも妥協が苦手で、ノイローゼ気味にまでなった事があります。昨年の夏、自分の親を想って建てたと言う、身延山の久遠寺へ行きました。お参りを済ませて帰る途中に大きな川がありました。大きな石にぶつかりながらも、まっすぐ前へと流れています。暫くその様子を見ていて、気づかされました。『どんな苦難も、なるようにしかならない。この川の流れのように、ひたすら前向きに行くしかない。思い悩んでも、憂えれば崩れる、と言うように、事態は何も変わらない。泣いて一日。怒って一日。同じ一日なら笑って一日、と言う言葉があるように、自分の人生なのだから、前向きに、明るく生きて行こう。』そう思えた瞬間、さっきまでの疲れがうその様に取れ、あっという間に戻ってきました。その時初めて、疲れてへろへろの主人を置いて来た事に気づいたのです。倫理を学んでいたからこそ、明るい気持ちに切り替える事が出来たのだと思います。長生きするには、いい加減に生きた方がいい言う考え方もあるそうですので、ちょっとだけ、いい加減になってみようと思います。今日はどうもありがとうございました。【終了】

【作成・発行:岡谷市倫理法人会事務長 山岸建設(株) 山田 政秀】

岡谷市(倫)第470回モーニングセミナー『こころの実践』

5 月 27th, 2009

2009年2月17日 第470回 岡谷市倫理法人会経営者モーニング・セミナー

テーマ 『 こころの実践 』

(社)倫理研究所 法人局普及事業部 関東・甲信越副方面長 玉田 勝彦氏

【講話概略】 『好況よし、不況さらによし』と言う名語録があります。元松下電器、経営の神様と言われた松下幸之助氏の言葉です。昨年9月15日、アメリカ発の金融破綻により、今世界中に色々な影響を及ぼしています。私は講師として全国を廻り、多くの方々とお会いしますが、この影響を非常に明るく受け止めている方と、多くの不安に苛まれている方、と様々です。正に『危機』ではありますが、危機こそ新たな製品や技術が生み出される、という過去の実績もある訳です。例えば昭和4(1929)年、世界恐慌に突入した数年後、豊田自動織物機(現トヨタ自動車)は、世界恐慌を契機として、自動車部を設置したそうです。また終戦の昭和20(1945)年、コンピューターの元祖である『エニアック』が開発されました。さらに昭和54(1979)年、第二次オイルショックの時、ソニーがウォークマンを発売した、と言う足跡があるのです。

平成7(1995)年1月17日午前5時46分、阪神淡路大震災が発生しました。当時私は兵庫県の県職員で、まるで戦時下のような惨状を目の当りにしながら、避難所の巡回をしていました。この震災では、数ある教訓の中でも、大きな三つの教訓を得たと言われています。

一つは、『日本に真の意味でのボランティア精神』が芽生えた事。二つ目は『耐震補強制度』が出来た事。三つ目は、『危機管理体制』が見直された事、です。当時、システムの欠陥のために、自衛隊の救助活動が遅れた事を契機として、首相官邸から各自治体、各企業に至るまで、自身の危機管理体制が出来たのです。即ち、正に危機の時にこそ、新しいシステム、製品、技術が生まれているのです。今は正に金融破綻による『危機』です。『今まで通り』のやり方ではなく、会社では経営者と社員が一丸となり、また家庭においては、より太い絆を結び、立ち向かう時ではないでしょうか。ピンチをチャンス、と受け止め、会社でも家庭でも中心となる人物が新しい風を起す必要がある。それは歴史が証明しています。

さて、『倫理法人会』とは、どんな団体なのでしょうか。私はこう申し上げております。

一、 明るい元気のある会社を作る団体

一、 朝型の生活習慣を推進する団体

一、 家庭を大事にする団体

数ある団体の中でも、家庭に言及するのは倫理法人会の特質ではないかと思っています。

『心』とは、頭にあると言ったり、お腹や心臓だったり掴み所がありませんが、以下の様に定義出来ると考えます。

一、 目に見えない。

一、 常に揺れ動いている。

一、 波紋を起す。

体調不良で少し遅めに出勤し、社員に挨拶されるまで気づかない程元気が無かったら、社員はあれこれ気にして、仕事にも支障が出るでしょう。お客さんも不安を感じるでしょう。家庭でも奥様や子供は不安を感じるでしょう。この様に心は表情や言葉、姿勢に表れて、周囲に波紋を描くのです。プラスの言葉を使えば明るい性格が作られ、前向きで積極的な環境が出来る事は証明されています。

『こころは、言葉や態度によって表さない限り、相手に伝わらない。だからこそ、相手が分かっているように思っても、優しい態度で言わなければならない。お互いに優しく、いたわりの言葉をかけ合わなければ、家庭も職場も砂漠のようになってしまう。プラスの言葉は心を癒し、励まし、マイナスの言葉は人を失望させる。『以心伝心』ではなく、お互いに黙っていては、心は通じ合えない。だからこそ、言葉がとても大切で、言葉を大切にする事が、心を大切にする事になるのである。

お父さんは誰よりも早く出世しないと怒られ、お母さんはお父さんの思い通りにしないといけない。子供は行儀もテストの点数も良くなければならず、家庭は教育訓練の場に変質してしまった。”許す”という寛大さも、感謝の気持ちも、お互いの心を癒す言葉もどこかへ行ってしまった。家庭は本来、家族一人一人の心が癒されるところで、味方がいて、笑顔のいっぱいあるところであった。』(資料)

昭和30年代にはいい意味での『親父』がいて、家庭内に凛とした空気があったものです。ところが今は、父親はいるが親父がおらん、と言われています。友達のようなとても和やかな関係はあるのだけれど、夕食のメニューすらバラバラ。絆が無くなり、親子で殺めるような事件もおきています。経営者も、それぞれ家庭があります。今一度、家庭を見直す必要性があるのではないでしょうか。

『明朗な心』からは、

一、 決断力が培われ、

一、 気力を生み出す原点であり、

一、 逆境をはね返す力が培われる

と考えます。そのための具体的な実践とは、例えば

一、 先手に、積極的にする挨拶であり、

一、 即行の実践に徹する事。即ち気づいたらすぐする事であり、

一、 自分中心にならず、親が生命の源である事、即ち自分の命は親、またその親と繋がっている事を自覚する。

明朗な心が幸せを招き寄せる。明朗は、倫理経営の出発点であり、到達点である。会員皆様の明朗さが、日本を救っていく。と、私達は思っています。【終了】

【作成・発行:岡谷市倫理法人会事務長 山岸建設(株) 山田 政秀】

岡谷市(倫)第469回モーニングセミナー『想い』

5 月 26th, 2009

2009年2月10日 第469回 岡谷市倫理法人会経営者モーニング・セミナー

テーマ 『 想 い 』

(有)玉木商店代表取締役社長 岡谷市倫理法人会会長 小松 市男氏

【講話概略】今日は、この会に対しての『想い』を話してみます。今まで会長として県内の各地で講話者に呼ばれましたが、岡谷では殆どありません。今日はこのような機会を頂き、本当に嬉しく思います。

一つの作文を読ませて頂きます。

『昭和28年11月、岡谷市川岸三沢で一人の男の子が誕生しました。家はかなりの田んぼを作っていたので、父親は田んぼ作りを通して、人としての責任と義務を教えたかったのでしょう。男の子は父親の「丈夫なからだになれ」「学校を休むな」「友達をたくさんつくれ」という言いつけを守り、男の子元気な幼少期を過ごしました。

物心ついた少年は、学校を皆勤する決心をしました。私立のお金のかかる学校へ出してもらっているという思いからそう思ったのでしょう。結果、卒業式で皆勤したのは、男子では一人、どよめきが起きました。

高校を卒業後、母親が48歳で亡くなりました。彼は進学を止めて就職を決意しました。49日までお墓参りを続け、働いたお金で母親にお墓を建てました。彼は、この時心の中に一つの区切りをつける事が出来ました。

一年間働いた後、東京の学校へ行く事を決心しました。この時の父親の言葉は今でも忘れられません。

「父ちゃんは戦争で辛い思いはさんざんしたから、一人暮らしは何でもねえ」「復員は36歳の時。何も好きな事が出来なかった」「今のうちだ、後悔しねえように何でもやれ」そう言って送り出してくれました。今の仕事に就く時も、「身内の所は覚悟がいるぞ」「下の者より先に飯を食べるな」「下の者と賭け事をしたら、何かの形で返せ」と言ってくれました。』開始2分前に流れるナレーションを聞きながら、今は亡き父親の言葉と、母親の笑顔を思い出します。この2分間が最高の幸せを感じる瞬間です。

私は、会長として心掛けている事があります。役員さんが何かを提案する事は、重責を覚悟の上なのであり、勇気のいる事で、凄い事です。だから私は「全て任せるからやってくれ」とだけ言う。これは、意見から苦情・苦言まで、何でも言ってもらう事が全ての人の勉強であり、実践だと考えるからです。

人が寝ている時間に起きて、モーニングセミナーに出掛けて来る。「万人幸福の栞」は、創始者丸山敏雄氏が作った「社会生活を行う上でのバイブル」です。法人会を社員教育として捉えれば、何人でも参加出来て、共感できる。その積み重ねは、人には無い「宝」でしょう。

筑波大学の村上和雄教授は、「遺伝子のスイッチ操作次第で、能力も性格も変えられる。「うれしい・楽しい・わくわく・感動・感謝」といった(陽気な心)こそ、が体に良い遺伝子のスイッチをオンにする」と言っています。更に教授は、お笑い等で大いに笑った糖尿病患者さんの血糖値は大きく下がったと言うのです。

倫理で学ぶ「感謝、後始末、掃除、物を大切にする、明るく、楽しく」など当たり前の事を当たり前にやって、最後は「自分は本当に幸せだ」と思える自分になれば、もっと世の中は変わると信じます。すなわち「幸せは自分の心が決める」のであり、その心を作り、養うのが倫理の勉強ではないでしょうか。

1985年にチェルノブイリの原発事故が起こった時、日本が最初に被爆者の治療団を派遣したそうです。40代で亡くなるまで原爆症の記録に当った永井隆先生の意思を受け継いでいるように、私も丸山敏雄先生の教えを勉強し続けたいと思っておりますし、会長の任期が過ぎた後も、この会のお役に立てればと思います。

倫理に触れてから、仕事や地域で様々な変化が起きています。心の持ち方も変わってきました。これから少しでも、人のために動けるような道を進めたら、と思っています。

最後に私たちは今、帰りの無い片道切符の旅に出ています。そして、いつか祖先となる道を歩んでいます。

『生まれかわり、死にかわり、 永遠の間の命を引き継いで今、 自分の番を生きている。それが貴方の命です。 それが私の命です』 『自分の番』という、一番好きな詩を披露致しました。【終了】

【作成・発行:岡谷市倫理法人会事務長 山岸建設(株) 山田 政秀】

岡谷市倫理法人会 5/5 MS案内のコラム

5 月 2nd, 2009

【前回の講話から】

夜、峠の頂から夜景が見えたとします。

『わあ?綺麗。』その灯りの一つ一つに計り知れない歴史と、物語があり、未来があります。

それらに一瞬でも触れる機会が出来る事は、結果ばかり考えていたのではあり得ない事で、その一瞬が自分の未来にどんな影響となるのか。考えただけでも楽しくなります。これをやったらどうなるか、またやらなかったらどうなるか。頭の中でシュミレーションは出来ても、どちらが良かったのか、結果として検証する事は出来ません。

何もしないでいると、時間の経過が物凄く早く感じられます。それが何かに没頭していると、かけがえの無い貴重な時間を過ごす事が出来る。

考える前に、やってみてから考える。道に行き止まりはありますが、未来に行き止まりはありません

【文責 事務長 山岸建設(株) 山田 政秀】